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カズラガイの成長

カズラガイの貝殻の成長

2010年に宮崎で初めてカズラガイをひろい、ほれぼれと手に取ってながめているうちに、ふと、この貝殻はどうやって成長するのだろうか、分からなくなってしまいました。

巻貝のなかには、カズラガイのように240度ごとに立ての太い節をもつ貝や、ホネガイのように120度ごとに骨が突起した縦列をもつ貝があります。

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) カズラガイ(宮崎 石波浜)      右) ホネガイ(市販品) 

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殻頂方向から見たところ 

この殻頂からの様子を見て、カズラガイのらせんの内側の肋は成長過程の若い頃の外唇であって、成長するにつれて螺層の内側にめりこんだ、と考えました。しかしカズラガイを眺めているうちに、そのようなことが本当に可能なのか、疑問を感じました。成長する貝殻の口(外唇)が第1の肋を伴ったまま第2・第3の肋へ接近してそれを覆いかくすことが可能だろうか?

ホネガイ(市販品)を見て、さらにこの疑念は強まりました。写真右のホネガイをご覧ください。ホネガイのトゲの列も殻頂から見て120度ごとの間隔で3つの列を作っていて、そのうちの第1列は殻口の外唇に沿っており、カズラガイと似た構造です。カズラガイの肋なら、後で成長した螺層でおおわれて内側にめり込むということが起こりそうですが、ホネガイの長いトゲが新たに成長した螺層で覆われて、古いものが埋もれるとは信じられない。ホネガイのトゲは貝殻が小さい頃からつねに120度間隔を保って存在していたはずですから。 

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ホネガイと同様に、カズラガイの太い肋も240度の間隔で幼い時から存在しつづけていて、古い内側の肋の外側にに新しい肋を伴った層が覆いかぶさるよりは、殻の形状を保ったまま小さい殻から大きい殻へと殻全体が成長したものと思われました。

2枚貝では、殻の開口縁にそって新たな層が次々に生成して成長するのは明らかです。巻貝もそれと同様に殻口方向へむかってどんどん螺旋を伸ばして成長するものと考えていましたが、カズラガイとホネガイを観察してからは、そんなことは不可能で、これらの巻貝は殻全体が膨張して成長するものと考えるようになりました。

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ナゾをかけられた2つの貝殻



ここで一息。 ~宮崎県 石波浜に打ち寄せる波~  

https://www.youtube.com/watch?v=jYXxnEs0eoU

Ishinami beach in Miyazaki prif.

 

 

 

以上のように、カズラガイとホネガイの殻の様子を観察して、いずれも120度(または240度)間隔で節(縦肋またはトゲ)があることから、これらの巻貝は殻口から螺旋方向に成長するのではなく、『殻全体が膨張する』と一旦は考えたのですが、それはマチガイであると、その後すぐに判明しました。

この記事をもともと掲載していたYahoo!ブログにくりハチさんからコメントをいただき知ったのですが、『成長過程で縦張肋ができると、その時点でいったん成長が止まる。で、次の縦張肋まで再びのびる際は成長がずいぶん早い』そうです。

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左) 宮崎 石波浜の成貝         右)愛知県 渥美半島の若貝

そこで、宮崎産の1年後に渥美半島でひろって、破損したできそこないと思っていたカズラガイを見ますと、これはまさに、縦張肋から薄い殻が成長しているところではありませんか! 

貝の図鑑には必ず、成長して休止期にはいった貝が載っていますが、このような成長途中の姿はめずらしいので、以下、うまく撮れませんでしたが写真で紹介します。

左が宮崎県 石波浜の成貝、右が愛知県渥美半島の若貝です。

普通の図鑑の向きの写真。


右の渥美の殻は「福井の打上げ貝」(1)で紹介されている タイコガイの幼貝 の姿と似ています。 

ということは、殻口外側の縦肋を破損して失ったと思っていた渥美のカズラガイは、それほどひどくは割れておらず、もともとほぼこのような姿だったと考えられます。

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殻口左側の縦肋の位置を揃えてみました。 

右の貝で薄い殻が成長中です。

下端の水管出口は、貝の軟体の成長と合わせて向きをずらしていきます。

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手前: もと殻口外側にあった縦肋から薄い殻を成長させています。 

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W/Lが大きい方が丸っこく、内湾性(宮崎県石波浜)。

W/Lが小さい方が縦長の殻で外洋性(愛知県渥美半島)。

宮崎産は厚くて重い。渥美産は薄くて軽い。


以下、しつこいですが写真を追加します。

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殻口の太くてくっきりと張った縦張肋の位置を『0度』としたときに 

0度の縦張肋の位置をそろえて背面からみたところ

成長中の貝では殻下端の水管溝の出口が軟化してねじれています。


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貝殻下端の水管出口の向きをほぼ揃えてみたところ

別に、水管出口の向きを角度の基準とすると、殻口の外側の縁の角度が、成長後と成長中の2つの殻でほぼ一致します。

おそらく右の渥美半島の成長中の殻の外側の縁は、生きているときは-240度(=+120度)の位置まで存在していたのが、波に洗われて打ち上げられるまでに、破損して失われたのだと思われます。

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0度と-240度の縦肋の向きを揃えてみたところ。 


右の若貝では薄い殻が+60度の位置まで成長している。

右の若貝の-240度~+60度のあいだは、打ち上げられた際に欠けてしまったのかもしれない。

※その後、静岡県湖西市の新居町で、0度の太い縦肋を殻口に持ったまま、+240度先までこの渥美の若貝のような白い痕をもった成長中の貝殻が見つかったので、成長中に白い痕のところまで殻があるとは言えない。あくまでも軟体が殻成長の準備をしているという痕なのだろう。なお新居町の個体は、水管口の向きや形状が渥美半島の個体とほぼ同様に軟化してねじれ中の様子でした。


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成貝の -240度 と 若貝の 0度 を揃えてみたところ。 

 

若貝はこのあと成長して +240度のところまで殻を成長させるはずだった。

成長予定の+240度先の殻肩の部分に白い痕が見え、貝軟体が準備を進めていたことがうかがわれます。

成長が完了したとき、殻口は成貝のようにめくれて肥厚し、新たな0度の縦肋となる。

そのとき、前の0度の位置は-240度となり、左の成貝と同じ位置関係になる...

そのはずだったのですが、不幸にして右の若貝は成長を遂げずに浜に打ち上げられてしまった。


というわけで、はじめにカズラガイとホネガイを観察して「ありえない」と思った殻の成長について、

カズラガイ: 殻口外唇の太い縦肋を成長方向に移動させるのではなく、成長期には殻口縦肋を残したまま、薄殻だけが伸びる。そのときに貝殻下部の水管口の形も、成長に応じて軟化させて形を変える。普段は貝殻は硬いので、おそらく成長期には貝殻を軟化させる胃液のような柔軟剤を分泌するのではないでしょうか。

ホネガイ: 成長期の貝殻を持っていないのでよくわかりませんが、カズラガイのように、成長期がくると縦肋を残したまま薄い殻を120度先まで伸長させる。そのときに貝の軟体の邪魔になる殻の骨は、カズラガイ同様に柔軟剤のような体液を分泌して溶かしてしまう と思われます。


以上、長々とくどくなりましたが、宮崎と愛知のカズラガイを観察した結果、120度(240度)ごとに太い縦肋をもつ貝殻の成長し方のナゾが解けました。

一旦はまちがった考えをもったあと、それがきっかけで正しい答えに至ることもあるという一例になりました。

ありがとうございました。

 

(補足1)

ここでご紹介している カズラガイは 「ナガカズラガイ」と呼ばれることもあります。古い保育社の貝図鑑 (2) にはカズラガイとナガカズラガイが図示されていて、『内海の型は丸みがあり、ら溝は顕著に全体をおおう。外洋の型は細く、ら溝は不めいりょうでなめらかになり、ナガカズラガイという』と記されています。なお、内海と外洋の違いというよりは、太平洋側にはナガカズラ、日本海側にはカズラガイが多いそうです(3)。また、丸みを帯びたカズラガイでは第2・第3の肋が認められないことが、ナガカズラよりも多いようです(4)(5)(6)


(補足2)

大西洋産のトウカムリガイ科の貝としては、Scotch bonnet が『ノースカロライナの貝図鑑』(7)に記載されているが、240度ごとの縦肋は見えず、ウラシマガイのようななめらかな貝殻。


(補足3)

中国の貝の図鑑にもカズラガイが掲載されていました((8), p.44)


冠螺科Cassidae

110 沟紋鬘螺 Phaliumflammiferum Röding, 1798

産地: 海南臨高県新盆鎮

形態描述: 殻長63.35mm, 殻広 38.14mm

貝殻近卵円形,螺旋部小,各螺層具纵肿肋。体螺層上的纵肿肋在貝殻左側手区別発達。螺旋部螺肋,肋明,交略呈布斑状,体螺層背面只可見微弱的螺肋。殻面為白色和黄褐色条帯依次交替排列形成。殻口長,外唇厚,有白色和黄褐色斑塊,内具歯列;内唇滑層拡張。

分布:東海和南海潮間帯和浅海; 西太平洋。


gou1=溝, zong4=縦, zhong3=腫, xian3=顕, zhi1=織。


産地と殻のサイズは図鑑(8)に掲載された写真の標本について記されている。D/L=38/63=60% で、殻の丸っこさは上写真の宮崎産と愛知産の中間。『貝殻の左側に特に発達した縦膨肋がある』と記されているが、そこがまさに今回の解決課題だったところで、最後の殻成長期前の殻口外唇縁の肥厚部が-240度もとの位置に残っているもの。

 

(補足4)

アッキガイ科では120度毎の縦張肋をもつ貝が多いが、小型の種では見られない。フジツガイ科ではほぼ120度毎に縦張肋を持つ貝、持たない貝のほかに、180度毎に縦張肋をもつ貝もある。トウカムリ科では240度毎の縦張肋が見られるカズラガイ以外は、縦張肋を持たずに連続的に成長している貝が多い。貝類の科はこのように周期的で顕著な縦張肋の有無によっては分類されず、同じ科のなかに縦張肋をもつ貝ともたない貝が混在している。

縦張肋を形成する理由は不明だが、大形の貝では砂底と接する殻の腹面に120゚度間隔の縦張肋があったほうが、重い殻の体勢を保持しやすいのかもしれない。ホネガイは魚のホネの擬態だとすれば、180度間隔の方が魚のホネらしく見えるかもしれないが、やはり120度間隔の方が殻の向きを安定に確保しやすいのではないだろうか。


Periodic shell growth of Phalium flammiferum comparing first with Murex pecten and second with two Phalium shells from Atsumi pen., Aichi and Ishinami beach, Miyazaki. 

 

出典

(1) 福井の打上げ貝: http://fukuishell.exblog.jp/10597026/ タイコガイの幼貝と成貝

『幼貝は外唇のめくれが見られない』。こちらのタイコガイの幼貝の姿は、上の渥美のカズラガイと似ています。殻口部外側に縦張肋が無いのです。

(2) 標準原色図鑑全集 第3巻 『貝』, 波部忠重・小菅貞男, 保育社, 1967

(3) カズラガイとナガカズラ: http://blogs.yahoo.co.jp/sutargate/5916258.html

(4) 漁港採取: http://blogs.yahoo.co.jp/sutargate/37761501.html

(5) カズラガイ: http://bigai.world.coocan.jp/pic_book/data02/a1748.html

(6) 縦肋が無いナガカズラ: http://www.geocities.jp/kazura32/araikaigan.html

カズラガイの違いについての情報の多くは sut*r*at* さんの『海の貝っていいね!』 から引用させていただきました。感謝いたします。

(7) “Seashells ofNorth Carolina”, Hugh J. Porter & Lynn Houser, North Carolina Sea GrantCollege Program, 2010, UNC-SG-97-03

(8) 『中国北部湾潮間帯現生貝類図鑑』,王海艳,张涛,马培振,蔡蕾,张振2016, 科学出版社 

 

その他外部サイト

ホネガイの成長

http://www.um.u-tokyo.ac.jp/publish_db/2002Shell/02/02400.html

http://www.quiet.co.jp/history/vol_002.html

内房の貝

http://www.chiba-muse.or.jp/NATURAL/exhibitions/topics_ex/2008hishida_new/hishida_new.htm


by charo-na0740 | 2019-03-16 11:03 | 海と貝

#砂浜ノート


by charo-na0740